2006年08月29日

ブルーカラー

今日の帰りのバスは「民工」と呼ばれる出稼ぎ労働者の人でごった返していた。

真っ黒に日焼けしているから、件の真っ暗なバスの中では「歯」と「目」だけが白くてすこし怖いという気持ちを禁じえない。彼らは地方から工事現場へ働きに来ている。日本と違うのは10代かと思うようなあどけない様子の若い人も多いところだろう。

わたしのおじいちゃんは日雇いではないけど、工事現場で作業員として働いていた。
おじいちゃんは志願し少年兵として20になる前から戦地に出ていたし、その前も不遇な家庭環境でろくに小学校も出ていないから未だにカタカナしか読み書きは出来ない。
そんなおじいちゃんは中国大陸という新たな土地に自分の未来を託して戦地に赴き、そして中国でずっと暮らそうと思っていたそうだ。要するに中国で一旗挙げるぞ!と志願したのだろう。年端も行かない、学のないおじいちゃん。きっとさぞかしひどいこともしたんだろうと想像する。
わたしが始めて中国語を習ったのはおじいちゃんからだ。数の数え方だった。「イーアルサンスー・・・」

むかし一緒に銭湯に行った時に体中に無数にある弾痕を見て「おじいちゃんの身体にはおへそがいっぱいあるね〜」と、わたしは言ったそうだ。

戦地からもどったおじいちゃんは北海道の炭鉱夫の働き口を見つけ、居心地の悪い故郷を後にする。それから60年以上、一度も故郷には戻っていないし、親戚との縁も一切絶ったままだ。一度だけ「○△■という地名を調べてくれないか」とわたしに言ってきたことがある。インターネットで何でも調べられる世の中だよーという話題の後だった。
おじいちゃんの故郷。
いくら良い思い出はないとはいえ、故郷のことは何度も思い出したことだろうと思う。

日焼けで真っ黒な逞しいおじいちゃんの腕。
大きな笑い声。
パチンコに夢中になりすぎてヤニで焼けた黄色い指。
少し欠けた中指。
つぶれて大きくなった爪。
抱っこしてもらうのが大好きだった。
土と汗と太陽のニオイ。
一緒に銭湯に行って、帰りに手をつないで帰るんだ。
お風呂上りにはコーヒー牛乳かカツゲン。
おじいちゃんの腕には青い刺青の後。
今ではしわしわでなんて書いてあるのかも読み取れない。

帰省のたびに入院先に行くと、わたしの乗った車が見えなくなるまで手を振り続けてくれる。

おじいちゃんはブルーカラー。
働き者で学はないけど、子供3人を育てた。

きっと戦争でいっぱい悪いこともしたんだろう。
きっとそのことで今でも苦しんでいるんだろう。


そんなことをバスの中で、思い出した。
posted by akanas at 02:31| 大連 🌁| Comment(2) | TrackBack(0) | 回憶 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月03日

17歳


って何か転換期めいたものがある年齢なのだろう。
小説や映画のテーマにもよくなるし。

わたしの17歳も多聞にもれず。

生まれて初めて遺書を見たのも17歳。
生まれて初めて殺したいほど人を憎く思ったのも17歳。

苦しいことの記憶は薄れていくものなのだろう。
けれど、忘れることの出来ないことだってある。

おかしな電話を取ったのはいつだったろう。
「あなたのお父さんは浮気していますよ」
そういうことを聞いた様な気がする。
驚くというよりも身体中の血液がスーッと下にさがっていくような感じがした。感じがしたというより実際そうだったのだと思う。
母にも言えず何日間か悶々とした日々を過ごした。
どのくらい経ってからだろうか。ある日、母から父が浮気してることを告げられた。いたずら電話だろうとかき消そうとしていた思いが現実になってしまった。
母には離婚するつもりは無いと言う。
それはどうしてなのかは聞けなかった。
何故か聞けなかった。
わたしたちの為だって言われるのが怖かったのかもしれない。

父親は帰宅が遅いものの毎日一応帰っては来るのだ。
目を合わせたくもないし口も聞きたくない。
訳の解からないどろどろとした気持ちが胃の少し上辺りに渦巻いている。
そんな日を何日も過ごした気がする。弟にも何て言っていいのか解からず。
父が帰宅するまでは、母が心配なのもありリビングで平静を装いテレビなどを見る。
でも頭の中は「これからどうなるのだろう」そんな思いばかり。
父の帰宅すると思われる時間に自室に引き上げる。間もなく父が帰ってくる。
そうすると階下からは怒鳴り声や罵り声ではなく、夜な夜なぼそぼそと話し合う声が枕越しに聞こえてくるんだ。

眠れない夜って言うのを初めて経験したのもあの頃だ。

学校へは毎日行っていたけど、こういうことを話せる友達は中学時代からの同級生Kしかいなかった。Kは割りと冷静にこの話を聞いてくれた。必要以上の同情も無かったのがありがたかった。
ここで「かわいそう」なんて言われると本当にかわいそうな気がしてきちゃうから。

気が向いたらまた続きを書こうと思う。
posted by akanas at 00:26| 大連 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 回憶 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年12月12日

しみじみ

中国で迎える3回目の誕生日。

しみじみするものがあったな。

わたしが生まれたのは3?年前の雪のちらつく夕方、北海道の某所で生まれたそう。
母は前夜から産気づいて結構大変なお産だったみたい。
父やおじいちゃんおばあちゃんは慌てて病院に駆けつけて、その時にはもう生まれていたんだってさ。

そして生まれたのは真っ黒な(赤ちゃんなのに黒かった・・・)元気な女児akanasだったとさ。

改めて、ほぼ健康にここまで幸せに生きて来れたことに感謝します。



シオが結婚1周年で色々振り返っていたから、わたしもいっちょ振り返ってみます!

3年前の誕生日は、北京で同級生に盛大に祝ってもらった。
ほんとあんなに盛大な誕生日は久しぶり。子供以来ってくらい。
えみちゃんやMYK、KMたち、シオ&J、るぅ・・・MIXIのみんなだよね。
(あ、サトルには連絡ミスで来てもらえなかったんだよねぇ。あはは)
本当に印象深い誕生日だった。ありがとう。
今でもみんなにもらった誕生カードは宝物だよ。
見たら涙ぐむほどだ!ってかあの時も泣いたっけ・・・あはは

去年はプリンセスたちのバンドを見て楽しく過ごしたよ。
前夜はSekiさんやPちゃんたちとバローロにも行ったんだ。
でもね、あの日、実はわたしはずっとある人の連絡を待っていたんだ・・・
でも来なかった。携帯も鳴らなかった。
あの日にすべてが終わったんだよね・・・結構そういう意味では寂しい誕生日だったなぁ。でも一緒にいてくれる人がいて救われたりもした。
あ、でも後日まっはくんに花束もらって凄く嬉しかった。

今年はK嬢とMTD改めnontak、プリンセス、そして妹妹にお祝いしてもらった。
前夜はまっはくんやOさんにも。
何だか誕生会ってな歳でもないし、気恥ずかしいけどやっぱり嬉しかった。
生徒や友人からもたくさんのショートメールや電話、プレゼント。
生徒たちは誕生日の話題なんて3ヶ月くらい前の授業でしただけなのに、覚えていてくれてこれまたやっぱり嬉しかったな。

本当はのんびり一人温泉でも・・・って思っていたんだけど、やっぱり皆と過ごせて楽しかった。天邪鬼なわたしだけど、素直にありがとう。


今年も残りわずかだけど、そして生徒の卒業やらなんやら忙しそうなんだけど、何とか乗り越えるしかない。頑張れる気持ちを皆にもらった。

3?歳の目標・・・ゆっくり考えよう、じっくり進もう。そして大切な人達を大切にしていこう。

30代になって亡くなる友達や病気になる友達もいて、命や人の大切さを20代以上に考えるようになったんだ。
posted by akanas at 01:31| 大連 ☀| Comment(9) | TrackBack(0) | 回憶 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年12月05日

そり

子供の頃、
たぶん小学校に上がる前、
母がスーパーに買い物に行く時は一緒にそりに乗っていっていた。

母とそりに乗るのではなく、
母がそりを引いてくれるのだ。

それがなんとも楽しくて、張り切ってウサギ模様の付いた赤い防寒着を(方言なのかな?ヤッケと呼んでいた)着ていた。

雪の積もったでこぼこ道を、母の引くそりに乗って買い物に行くのだ。

帰りは足元にスーパーの袋を抱えて、ゴトゴトゴトゴト。


普段はそりを引きずって、除雪で山になった小さな雪山から滑り降りて遊ぶのが好きだった。

弟とけんかばかりするから、わたしは赤いそり、弟は青いそりを持っていたんだ。

これがそのそり
sori.jpg

いまじゃスノーボートなんて呼ぶらしいぜー。
まるでスノボじゃん?!

今日は雪道に慣れてなくて転んでる人たくさん見たよ。

こんなページを見つけたので転びそうな人は参考にしてみては。→ここ

これで君も雪道の達人だ!

わたしは7cmヒールのブーツでクーポン握り締め網走天都山のチケット売り場へダッシュする添乗員だったので、今も雪道歩きはへっちゃらさぁ。(いつもお客さんにはぎょっとされていた)

怖いのは暗くてよく見えない上にアスファルト自体が凍ってるブラックアイスバーン。

しかもこっちの人ってばほとんど夏靴だし、巻き添え食いそうで近くを歩くのも怖いよ〜!
posted by akanas at 22:35| 大連 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 回憶 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年08月12日

夏休みになると

思い出すのが、

初めて弟とふたりで、

電車に乗って、

おじいちゃんとおばあちゃんに会いに行ったこと。


まだ7歳くらいだったと思う。



駅にして7つめ、時間にすると1時間弱の距離だった。


ママがメモ用紙に、

駅の名前をすべてひらがなで書いてくれて、

それと照らし合わせながら、

駅を一つ一つ数えていた。


おやつのサイコロキャラメルを食べながら。



5つめの駅を過ぎ、

乗客が減った辺りから、

2歳下の弟がぐずり始めて、

「ねぇもう過ぎたんじゃない?大丈夫?本当に降りなくていいの?」

と何度も聞くから、

自信満々だったわたしもだんだん不安になってきて、

終いには二人して泣いていた。



知らないおばさんに、

「だいじょうぶよ、おばさんが着いたら教えてあげるからね。ふたりで来たの?えらいねぇ。」と慰められながら、

やっと目的の駅に着いたら、

おじいちゃんが待っていた。


あの何とも言えないほっとした気持ちと、

電車の中でのどきどき。


今日、バスの中で田舎からの観光客らしい親子たちを見ていて、

そんなことを思い出したんだ。



夏になるとふっと思い出す。




電車の中の灰色の扇風機。

ぐるぐる。

やさしいおばさん。

じいちゃんの暖かい手。

おばあちゃんの作るママよりもずっと大きな大きな筋子おにぎり。
posted by akanas at 01:16| 大連 🌁| Comment(4) | TrackBack(0) | 回憶 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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